京都の展示の搬入を終えて、東京に戻ってきた。暫くぶりの事務所の窓をすべて開けて、ぐったりしていたベランダの植物に水をやり、冗談のように溢れていた郵便物を整理して、宅配便の再配達の手配をし、それから椅子に腰掛けて両手両足20本の指の爪を切りそろえた。京都に比べれば、この時期の東京はまだまだ過ごしやすい。
京都に向けて十六、七点くらいの作品を描いたのだけれど、丸二日悩んだ末に、結局六枚だけを壁に掛けた。それくらいがちょうどいいような気がしたのだ。でももしかしたら、楽しみに来てくれた人にはすこし物足りなかったかもしれない。京都はとても蒸し暑くて、一月後に迫った祇園祭の宵山に向けて早くも浮き足立っているような、そんな気配があった。やれるだけのことはやったと思うけれど、他にもいくつか反省点や気づいたことがあって、それを忘れないように手帳にメモをした。絵を人に見せるのはいつまでたっても恥ずかしくて、そこを思い切るまでにいつもとても苦労する。こんなに苦しんでいったい何で絵なんて描いているのかと偶に思うけれど、今のところ明快な答えは得られていない。
オープニングを迎えた翌日に、電車に乗って嵐山に出かけた。以前、日記でもすこし触れたことのある親戚の伯母さんが一月ほど前に亡くなって、嵐山のお墓に入っている、そのお墓参りをするためだった。嵐山は雨。目前の山々は深い霧に被われて、白く霞んで見える。駅前の花屋で花を買い、寺の山門をくぐってお墓の前に辿り着いてから、お線香を持ってくるのを忘れたことに気がついて舌打ちをする。いつだってなにかが欠けている。このお墓に来たのはこれが初めてで、これまで何度も嵐山に来たことがあるというのに、親戚のお墓がこんなところにあるなんて全く知らなかった。お墓に水を掛けて花を差し、手を合わせて線香を忘れたことと、それから最後に病院で会った際に苦しむ伯母に対して不覚にも僕が涙を見せてしまったことを詫びた。あの時笑ってあげるべきだったのだ。僕は。あれからずっとそう思っていた。
京都からの帰り、東京駅から中央線に乗り込むと、サングラスをかけた派手な恰好の女の人が大きく口を上に開けてシートの端で眠りこけていた。どうも乗り過ごして東京駅まで来たようだ。その大きく開かれた口に呑まれて起こすタイミングを逸するうちに発車のベルが鳴り響いてドアが閉まり、電車はまた青梅へと向かって走り出して、そうして僕は結局その子のことを起こさなかった。なぜ起こさなかったのか、理由はよくわからない。僕が電車を降りるときもその子は身動きひとつしないまま、シートの端で深い眠りの中にいた。あのあと、あの子はいったいどこで目を覚ましただろう。そして僕は今、いったいどこに立っているのだろう。