nowhere now here

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クサナギシンペイ:著
タカ・イシイギャラリー|2015
佐々木暁:装丁
"nowhere now here"
Author: Shinpei KUSANAGI
Publisher: Taka Ishii Gallery | 2015
Design: Akira SASAKI
Limited edition of 500 copies.

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櫛挽道守

櫛挽道守

木内昇:著
集英社|2013
櫻井久:装丁

"Kushihiki-chimori"
Author: Nobori Kiuchi  Publisher: Shueisha | 2013
Design: Hisashi Sakurai

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OSSU #3

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OSSU第三号に写真と文章を一篇、寄稿しています。

アーティスト(Artists):
川島小鳥(Kotori Kawashima)、クサナギシンペイ(Shinpei Kusanagi)、工藤司(Tsukasa Kudo)、トラン・ミン・ドゥク(Tran Minh Duc)、fumiko imano、MIKIO SAKABE、南川史門(Shimon Minamikawa)、ミヤギフトシ(Futoshi Miyagi)、森栄喜(Eiki Mori)、Design: Hiromi Fujita (fungus)

Size: A5、Pages: 64、Price: 1,050Yen(Tax in)、Printed in Japan、First edition of 1,000 copies.

OSSUのサイト、またはユトレヒトにてご購入いただけます。

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三十光年の星たち(下)

三十光年の星たち(下) (新潮文庫)

宮本輝:著
新潮社|2013
新潮社装丁室:装丁

"stars 30 light-years away"
Author: Teru Miyamoto Publisher: Shincho-sha | 2013
Design: Shincho-sha

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三十光年の星たち(上)

三十光年の星たち(上) (新潮文庫)

宮本輝:著
新潮社|2013
新潮社装丁室:装丁

"stars 30 light-years away"
Author: Teru Miyamoto Publisher: Shincho-sha | 2013
Design: Shincho-sha

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あなたにつながる記憶のすべて

あなたにつながる記憶のすべて

小手鞠るい:著
実業之日本社|2013
佐々木暁:装丁

"all the memories lead to you"
Author: Rui Kodemari Publisher: JItsugyounonihonsha | 2013
Design: Akira Sasaki

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リョウ&ナオ

リョウ&ナオ (飛ぶ教室の本)

川端裕人:著
光村図書出版|2013
城所 潤:装丁

"Ryo & Nao"
Author: Hiroto Kawabata Publisher: Mitsumura publishing Co,. LTD | 2013
Design: Jun Kidokoro

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奇跡の時代

奇跡の時代 (海外文学)

カレン・トンプソン・ウォーカー:著
雨海弘美:訳
角川書店|2013
國枝達也:装丁

The Age of Miracles
Author: Karen Thompson Walker
Translater: Hiromi Amami
Publisher: Kadokawa publishing | 2013
Design: Tatsuya Kunieda

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V.A. / Rains and Holidays Vol.1 - 窓につたう雨は

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西荻窪にあるCDセレクトショップ「雨と休日」の店主、寺田さん選曲の「雨」をテーマにしたコンピレーションアルバムのジャケット裏に、絵を描きました。

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清澄界隈

クサナギシンペイ 清澄界隈

クサナギシンペイ:著
求龍堂|2013
佐々木暁:装丁
"Kiyosumi and its environs"
Author: Shinpei KUSANAGI
Publisher: Kyuryudo publishing | 2013

Design: Akira SASAKI

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風を見たかい?

風を見たかい?

丸山健二:著
求龍堂|2013
求龍堂:装丁

"did you see the wind?"
Author: Kenji Maruyama Publisher: Kyuryudo publishing | 2013
Design: Kyuryudo

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フリン

フリン (角川文庫)

椰月美智子:著
角川書店|2013
國枝達也:装丁
"Furin"
Author: Michiko YAZUK
Publisher: Kadokawa publishing | 2013

Design: Tatsuya KUNIEDA

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CARTA(2012年08月号) 別冊付録「古寺巡礼」表紙

CARTA (カルタ) 2012年盛夏号 2012年 08月号 [雑誌]

CARTA(2012年08月号)
別冊付録「古寺巡礼」表紙:装丁

和辻哲郎:著
学研
| 2012
飯田武伸(ニトロデザイン):デザイン

"Addendum Book of CARTA magazine
06/2012"
Author: Tetsurou Watsuji
Publisher: Gakken | 2012

Design: takenobu handa (nitro design)

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青い島の教室

青い島の教室

池永 陽:著
潮出版社|2012
重原 隆:装丁
"a classroom in a blue island"
Author: Yo Ikenaga
Publisher: Ushio publishing | 2012

Design: Takashi Shigehara

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CARTA(2012年初夏号 2012年06月号)別冊付録表紙

CARTA (カルタ) 2012年初夏号 2012年 06月号 [雑誌]

CARTA(2012年初夏号 2012年06月号)
別冊付録「奥の細道」表紙:装丁

松尾芭蕉:著
学研
| 2012
飯田武伸(ニトロデザイン):デザイン

"Addendum Book of CARTA magazine
06/2012"
Author: Matsuo Bashou
Publisher: Gakken | 2012

Design: takenobu handa (nitro design)

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さよならが君を二度殺す

さよならが君を二度殺す (角川ホラー文庫)

黒井卓司:著
角川書店|2012
國枝達也(角川書店装丁室):装丁
"Sayonaraga kimiwo nido korosu"
Author: Takuji Kuroi
Publisher: Kadokawa Shoten | 2012

Design: Tatsuya Kunieda (Kadokawa Shoten design room)

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この漫画がすごい!(第六回/最終回)

荒呼吸
松本英子著

 旅行誌等でイラストレーターとして体験ルポなども描いているからか、自分の体験を面白おかしく描く他のエッセイ漫画に比べて、松本英子の漫画は落ち込んだときや、うれしいときの感情がどうして湧き上がってきたのか、そんな感情の理路についてずっと丁寧に、しっかりと描かれているように思う。 
 勝手な推測をすれば、体験したことを絵にする際、なにをどう感じたか、それは何故か、ということを正確に簡潔に読者に伝えなければならないわけで、だから自分の感情の機微に敏感である必要があった、のかもしれない。経験や体験を通して己の中で紡がれた糸を丁寧に解きほぐし、心の動きをしっかりと観察する。あまり直視したくない負の感情の部分も、きちんと凝視する。作品全体を通して感じられる自分の行動の由来や根拠を見極めようと試みるストイックで真摯な姿勢に魅せられる。それはどこか漫画を読んでいると云うより、彫刻を彫っている人を見るようだ。時に大胆に掘り進んだり、一歩離れて眺めたりしながら彫り進むうちに、やがて一本の現実という丸太から、著者の物語が現れる。その顕現をそっと間近で見守っているような気分になる。

 ところで、絵を描くという事もまた、畢竟自分が何が好きでなにが嫌いかを煎じ詰めて考えることではないかと思っている。物事を自前の判断基準で精査選択の上咀嚼して、絵として昇華させる。その判断の精度を磨くためには、やはり漠とした自分の感情をのぞき込み、そこに光を当てる作業がどうしても必要になってくる。
 この連載で取り上げた漫画は、総じて手に汗握る展開もなければ特殊な能力もない、平凡な毎日を暮らす普通の人々を描いた漫画ばかりだった。でも、なにも海賊になって大海原を航海しなくても、大冒険はできる。それを実証するような作品ばかりを紹介したつもりだ。少し視点を変えて見渡せば、見慣れた風景は見たこともない風景に変わる。その時役に立つ最強の武器は、伝説の剣でもなければ魔法の杖でもなく、ものさしだ。

(イラストレーション誌2011年7月号掲載)

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この漫画がすごい!

タムくんとイープン(日本)
ウィスット・ポンニミット:著

 「イープン」とは、タイ語で「日本」のことだ。この短編集には、著者のみたこの国のことが、温かく鋭い眼差しを通して、独特の表現で巧みに記されている。特にはじめの二編「川」と「鳥」には、僕たちが当たり前だと思い込んでしまっているこの社会の様態を、外からの新鮮な視線でとても簡潔に、しかし驚くほど鮮やかに照らし出している。中で暮らしている僕たちには、近すぎてよく分からなくなってしまったこの社会の特異性や異常性が、驚くほど数少ない台詞と絵だけで、見事に暴露されている。

 外からふらりとやってきた人の方が、かえってその国やその社会に暮らす人々の抱える問題や傾向を平に見ることができたりする。そんなことは確かにあって、以前触れたように、どんな国のどんな社会も所詮特異で異常なものに過ぎないとしても、その特質を前提としない外からの視線で眺めてみれば、そこには今まで中からは見えなかった様々な事象が、鮮やかに浮かび上がってくるに違いない。
 声高に叫ぶ人たちからそっと距離をとり、傍観者の視線で周囲を眺めること。ドラえもんの道具「石ころ帽子」を被った時のように、存在しないように存在することで、そうした視線を獲得すること。それはいわば絵を描くという、端的に言えば見えないものに形を与えるという行為と、深く通底しているような気がしてならない。
 いい絵には、必ずなにかしらの「驚き」が含まれているものだ。その「驚き」とは、言い換えれば見えない物を見えるようにする「新しい視線」であり、そしてその視線とは、社会の中や自分を取り巻く環境の中で自ら進んで亜流となり、視点をずらすことよって獲得できる力なのではないだろうか。
 タムくんは短編「川」の中で、誰もがどこかへ早足で行き交い、物とお金が飛び交う東京の暮らしを轟々と流れる川に例え、その中でときどき途中に生まれる安心できる流れに向かうのだと描く。そんな自分に合った川の溜まりの様な場所を見つけ、そこに留まって景色を眺める。
そこから見える風景を描きたいと、僕もまた、いつも思っている。

(イラストレーション誌2011年5月号掲載)

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この漫画がすごい!(第四回)

茄子
黒田硫黄著

 誰しも友達と電話で話しながらメモ帳にぐるぐる意味のない図形を描いた経験があると思うのだけれど、人はそうして普段から、存外無意識になにかしら手を忙しく動かしたりしているものだ。『茄子』の登場人物たちも、そんなふうに話をしながらいつもなにかをしている。会話をしながらビールを飲んだり、タバコを呑んだり、ご飯を食べたり、話の内容とは全く関係のない動作をせっせとしている。そんな他愛のない人の動きや、その登場人物の住む部屋に置いてある雑誌や小物が、想像を巧みに働かせて、コマの中にきちんと丁寧に描かれている。
 こういう顔つきの人はきっとこんなふうに笑うんじゃないか。その人の部屋にはこんな物が置いてあるんじゃないか。そんなふうにして、知識や想像にどんどん肉付けをしていく。そのうち紙にインクで描かれた平面の上に、物語の本流とは別なところある、書き割りでない人々の営みが立ち上がる。

 そんな細部の現実感が、作者の漫画の特徴の一つでもある物語の非現実性や跳躍をしっかりと補足する。宮崎駿にも通底するその徹底した細部への拘りは、時に突飛とも思える物語の展開の中にどっしりとした現実感を与え、揺るがない。
 料理中にトラブルに巻き込まれたら、咄嗟にガス台の火を消す。食べたら食器を洗う。歯を磨く。花を贈られたらちゃんと生ける。そういうことが物語と関係なくこれだけきちんと想像され、描かれている漫画ってちょっと他に例を見ない。そういうところに、すごく惹かれる。
 時代が変わっても、文明が変わっても、人がすることなんて昔も今もこれからも、きっと全然変わらないだろう。六百年前の人々も農作業の時は首にタオルの類を巻いていただろうし、六百年後の人々も、喋りながら意味不明な図形をどこかに描きつけているに違いない。良くも悪くも、僕たちはどこまでいっても人なのだ。古今東西を軽やかに跨いで物語を紡ぐ黒田硫黄の漫画を読むたびに、そんな確信を強くする。

(玄光社イラストレーション誌2011年3月号掲載)

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この漫画がすごい!(第三回)

江豆町〜ブリトビラロマンSF〜
小田扉 著

 『江豆町』には独特のルールを持つ遊びや、面白い習慣、奇習がたくさん登場する。踊るでもなくただ満月を眺めるだけの、何故か老人は参加できないお盆のお祭りや、「老人」「宇宙」「乗り物」「犬」の四すくみじゃんけん、パンを籠に投げ入れた時の様々な数値を計測し点数を争う競技など、どこか不思議で滑稽な習慣の不可解さに、思わずクスリと笑ってしまう。どうしてじゃんけんで「老人」と「宇宙」が勝負して老人が勝つのだろう? なぜパンを籠に投げ入れるのが競技なのだろう? 気になるときりがない不思議な世界に混乱し、魅了される。
 でも脳天気にクスクスと笑っているうちに、だんだん微かな不安のようなものが心の中でむくりと頭をもたげてくる。微かな違和感が、遠くで頭をノックする。「おい、おまえが笑っているのは、自分のことなんだぜ」と語りかけてくる。

 小田扉の漫画は、そんなふうにして僕の心を揺さぶってくれる。普段当たり前だと思っていることや、どっぷり漬かっている場所から少しだけ、自分の体を引き剥がしてくれる。それは、ちょっと旅に似ている。不思議なルールやそれに従い生きる人々を笑いながら、その実、それは自分も同じなのだと気づかされるのだ。なぜ紙で石を丸めたら紙が勝ったことになるのだろう? どうして僕らはこんなつまらないことに右往左往しているのだろう?
 どんなに本当に思える感情も、どんなに正しいと思える人生の真理も、一見確固たるものとして映る習慣や信条や思想や宗教や正義や前提は、しかし違う言語や価値観を持つ人々から眺めればなんの意味もない、とてもあやふやで、曖昧な物にすぎない。そして、そこには必ずある種のおかしみや滑稽さ、そして哀しみが含まれている。両者の間に優越もなければ、正誤もない。ただ、違う。僕らにはなかなか赦せないその違いを、江豆町は許容し、笑いとして昇華する。蔑む笑いではない。とてもやさしい、暖かい眼差しで町自らまるごと受け入れる。だからしばしば、江豆町を訪れる。いつ訪ねても、とても美しい街だと思う。

(玄光社イラストレーション誌2011年1月号掲載)

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この漫画がすごい!(第二回)

papa told me
榛野なな恵:著

 小学生の知世と小説家の父、信吉。大きなテラスのある瀟洒なマンションに暮らす二人の眼差しを通して世界を眺めるこの作品の素晴らしさを、ここで説明するのは酷く難しいのだけれど、この作品は一貫して「誰にも自分の王国は侵略させない」という、ただその事を何度も繰り返して語っているように思える。
 「王国」とは、つまり自分にとって掛け替えのない大切なもの、とでも言えばいいだろうか。他人にとってはなんの価値のないガラクタであっても、自分が自分であるためには、どうしても必要なもの。 

 この漫画の登場人物は、皆社会の中で何らかの疎外感を感じている。片親だったり、独身だったり、人に理解されなかったり、それはつまり僕自身であり、この頁を読んでいるあなたでもあるのだけれど、そんな人々が自身の価値観や大切な物を押し潰されまいと必死で守りながら、この世界の片隅で暮らしている。 
 僕らの住むこの世界では、自分の意志や考えを押し通せない事なんて数多あって、「常識」「無知」「無関心」、そんな暗幕に囚われた悪意すらない人々の奔流に自分の王国を押し流されそうになるなんて始終のことだ。でもたぶんだからこそ、この漫画は尊いのだろう。どんな濁流に呑み込まれ翻弄されようと、決して御旗を下ろさない、そんな決意を込めた「独立の書」なのだと思う。
 他人の思想や信条は尊重する。でも誰かが自分の大切な領域を土足で荒らす様な事があれば、その時は全力でそれに抗う。一見実に少女漫画的な要素に溢れるこの漫画には、似つかわしくない程の強い決意と気概に満ちていて、作者はまるで自分自身に言い聞かせるように、作中繰り返してその決意を表明する。
 だからこの現実の世界で、自分の大切な事が他人からの「善意の悪意」や「無意識の暴力」によって摩耗してかき消えそうになる度に、ふとこの漫画を手にとっては、まあいいやと折れそうになる自分を戒め気を引き締めて、もう一度自分の王国の旗を高々と掲げる勇気と気力を取り戻すのだ。例えそれが勝つ見込みのない、端からすれば不毛な戦いでしかなかったとしても。

(玄光社イラストレーション誌2010年11月号掲載)

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この漫画がすごい! (第一回)

じゃりン子チエ
はるき悦巳著

 とかく大阪色が強調されがちな本作だけれど、その最大の魅力の一つはなんといっても登場人物ではないだろうか。博打が大好きで全く働く気のないテツと、その代わりにホルモン焼き屋を切り盛りする娘チエを筆頭に、猫の小鉄とジュニア、絵と相撲が得意だけれどどんくさいチエの友人ヒラメ、元やくざの親分で、今はお好み焼き屋を営む百合根など、人間味に溢れた愛おしい登場人物たちが、まるで実際にかの町で生きて暮らしているかのように瑞々しく活写されている。物語の中を登場人物が動き回るのではなく、登場人物が居るところから様々な物語がむくむくと勝手に歩き出す。そしてそこから、笑いや哀しみが織りをなして溢れ出してゆく。

 設定だけを見れば、確かにあまり恵まれているとは言えないチエの家庭環境だけれど、「ウチは日本一不幸な少女や」というチエの口癖は、しかしその言葉とは裏腹に、悲壮感や切実さとは無縁の明るく、笑いに満ちた日々から発せられる。チエちゃんをはじめ他の登場人物たちにも言えることだけれど、ダメ男テツに振り回されて手を焼くことはあっても、その男を真人間にしようなどとは誰も考えないし、全員がなにか明確な目標に一丸と立ち向かうこともない。己の立場や状況を卑下するでも呪うでもなく、まして人を羨むでもなく、ただ淡々と続く日常という地平を各の立つ場所で、それぞれに地に足をつけて強く明るく生きようとするその姿を笑いに交えて出来る限り丁寧に描こうと云う意志が通底して感じられるこの作品は、まさに人の間で生きる「人間」の姿を誠実に、そして希望を込めて描いていると思うのだ。
 残念ながらもう連載は終了してしまったけれど、きっとチエちゃんは今も変わらず小学五年生のまま、あの町で皆とわいわい暮らしていることだろう。そして通りを駆けるチエちゃんのタタタタタという元気な下駄の音は、大阪とは縁も所縁もない僕の耳にも、高校生の頃吉祥寺のまんがの森で何気なく手に取ったあの日からずっと響いて、読み返す度になんだか背筋を伸ばされるような、そんな気分を憶えるのだ。

(玄光社イラストレーション誌 2010年9月号掲載)

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哀しみの星

哀しみの星

新堂冬樹:著
角川書店|2011
高柳雅人:装丁
"Kanashimi no Hoshi"
Author: Shindo Fuyulki
Publisher: Kadokawa Shoten | 2012

Design: Masato Takayanagi

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ワン・モア

ワン・モア

桜木紫乃:著
角川書店|2011
鈴木久美(角川書店装丁室):装丁
"One More"
Author: Shino Sakugagi
Publisher: Kadokawa Shoten | 2011

Design: Kumi Suzuki (Kadokawa Shoten design room)

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安全靴とワルツ

安全靴とワルツ

森深紅:著
角川春樹事務所|2011
藤田知子:装丁
"waltz with safety shoes"
Author: Mikure Mori
Publisher: Kadokawa Haruki Office | 2011

Design: Tomoko Fujita

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