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この漫画がすごい! (第一回)

じゃりン子チエ
はるき悦巳著

 とかく大阪色が強調されがちな本作だけれど、その最大の魅力の一つはなんといっても登場人物ではないだろうか。博打が大好きで全く働く気のないテツと、その代わりにホルモン焼き屋を切り盛りする娘チエを筆頭に、猫の小鉄とジュニア、絵と相撲が得意だけれどどんくさいチエの友人ヒラメ、元やくざの親分で、今はお好み焼き屋を営む百合根など、人間味に溢れた愛おしい登場人物たちが、まるで実際にかの町で生きて暮らしているかのように瑞々しく活写されている。物語の中を登場人物が動き回るのではなく、登場人物が居るところから様々な物語がむくむくと勝手に歩き出す。そしてそこから、笑いや哀しみが織りをなして溢れ出してゆく。

 設定だけを見れば、確かにあまり恵まれているとは言えないチエの家庭環境だけれど、「ウチは日本一不幸な少女や」というチエの口癖は、しかしその言葉とは裏腹に、悲壮感や切実さとは無縁の明るく、笑いに満ちた日々から発せられる。チエちゃんをはじめ他の登場人物たちにも言えることだけれど、ダメ男テツに振り回されて手を焼くことはあっても、その男を真人間にしようなどとは誰も考えないし、全員がなにか明確な目標に一丸と立ち向かうこともない。己の立場や状況を卑下するでも呪うでもなく、まして人を羨むでもなく、ただ淡々と続く日常という地平を各の立つ場所で、それぞれに地に足をつけて強く明るく生きようとするその姿を笑いに交えて出来る限り丁寧に描こうと云う意志が通底して感じられるこの作品は、まさに人の間で生きる「人間」の姿を誠実に、そして希望を込めて描いていると思うのだ。
 残念ながらもう連載は終了してしまったけれど、きっとチエちゃんは今も変わらず小学五年生のまま、あの町で皆とわいわい暮らしていることだろう。そして通りを駆けるチエちゃんのタタタタタという元気な下駄の音は、大阪とは縁も所縁もない僕の耳にも、高校生の頃吉祥寺のまんがの森で何気なく手に取ったあの日からずっと響いて、読み返す度になんだか背筋を伸ばされるような、そんな気分を憶えるのだ。

(玄光社イラストレーション誌 2010年9月号掲載)

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