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この漫画がすごい!(第三回)

江豆町〜ブリトビラロマンSF〜
小田扉 著

 『江豆町』には独特のルールを持つ遊びや、面白い習慣、奇習がたくさん登場する。踊るでもなくただ満月を眺めるだけの、何故か老人は参加できないお盆のお祭りや、「老人」「宇宙」「乗り物」「犬」の四すくみじゃんけん、パンを籠に投げ入れた時の様々な数値を計測し点数を争う競技など、どこか不思議で滑稽な習慣の不可解さに、思わずクスリと笑ってしまう。どうしてじゃんけんで「老人」と「宇宙」が勝負して老人が勝つのだろう? なぜパンを籠に投げ入れるのが競技なのだろう? 気になるときりがない不思議な世界に混乱し、魅了される。
 でも脳天気にクスクスと笑っているうちに、だんだん微かな不安のようなものが心の中でむくりと頭をもたげてくる。微かな違和感が、遠くで頭をノックする。「おい、おまえが笑っているのは、自分のことなんだぜ」と語りかけてくる。

 小田扉の漫画は、そんなふうにして僕の心を揺さぶってくれる。普段当たり前だと思っていることや、どっぷり漬かっている場所から少しだけ、自分の体を引き剥がしてくれる。それは、ちょっと旅に似ている。不思議なルールやそれに従い生きる人々を笑いながら、その実、それは自分も同じなのだと気づかされるのだ。なぜ紙で石を丸めたら紙が勝ったことになるのだろう? どうして僕らはこんなつまらないことに右往左往しているのだろう?
 どんなに本当に思える感情も、どんなに正しいと思える人生の真理も、一見確固たるものとして映る習慣や信条や思想や宗教や正義や前提は、しかし違う言語や価値観を持つ人々から眺めればなんの意味もない、とてもあやふやで、曖昧な物にすぎない。そして、そこには必ずある種のおかしみや滑稽さ、そして哀しみが含まれている。両者の間に優越もなければ、正誤もない。ただ、違う。僕らにはなかなか赦せないその違いを、江豆町は許容し、笑いとして昇華する。蔑む笑いではない。とてもやさしい、暖かい眼差しで町自らまるごと受け入れる。だからしばしば、江豆町を訪れる。いつ訪ねても、とても美しい街だと思う。

(玄光社イラストレーション誌2011年1月号掲載)

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