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この漫画がすごい!(第二回)

papa told me
榛野なな恵:著

 小学生の知世と小説家の父、信吉。大きなテラスのある瀟洒なマンションに暮らす二人の眼差しを通して世界を眺めるこの作品の素晴らしさを、ここで説明するのは酷く難しいのだけれど、この作品は一貫して「誰にも自分の王国は侵略させない」という、ただその事を何度も繰り返して語っているように思える。
 「王国」とは、つまり自分にとって掛け替えのない大切なもの、とでも言えばいいだろうか。他人にとってはなんの価値のないガラクタであっても、自分が自分であるためには、どうしても必要なもの。 

 この漫画の登場人物は、皆社会の中で何らかの疎外感を感じている。片親だったり、独身だったり、人に理解されなかったり、それはつまり僕自身であり、この頁を読んでいるあなたでもあるのだけれど、そんな人々が自身の価値観や大切な物を押し潰されまいと必死で守りながら、この世界の片隅で暮らしている。 
 僕らの住むこの世界では、自分の意志や考えを押し通せない事なんて数多あって、「常識」「無知」「無関心」、そんな暗幕に囚われた悪意すらない人々の奔流に自分の王国を押し流されそうになるなんて始終のことだ。でもたぶんだからこそ、この漫画は尊いのだろう。どんな濁流に呑み込まれ翻弄されようと、決して御旗を下ろさない、そんな決意を込めた「独立の書」なのだと思う。
 他人の思想や信条は尊重する。でも誰かが自分の大切な領域を土足で荒らす様な事があれば、その時は全力でそれに抗う。一見実に少女漫画的な要素に溢れるこの漫画には、似つかわしくない程の強い決意と気概に満ちていて、作者はまるで自分自身に言い聞かせるように、作中繰り返してその決意を表明する。
 だからこの現実の世界で、自分の大切な事が他人からの「善意の悪意」や「無意識の暴力」によって摩耗してかき消えそうになる度に、ふとこの漫画を手にとっては、まあいいやと折れそうになる自分を戒め気を引き締めて、もう一度自分の王国の旗を高々と掲げる勇気と気力を取り戻すのだ。例えそれが勝つ見込みのない、端からすれば不毛な戦いでしかなかったとしても。

(玄光社イラストレーション誌2010年11月号掲載)

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