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この漫画がすごい!(第四回)

茄子
黒田硫黄著

 誰しも友達と電話で話しながらメモ帳にぐるぐる意味のない図形を描いた経験があると思うのだけれど、人はそうして普段から、存外無意識になにかしら手を忙しく動かしたりしているものだ。『茄子』の登場人物たちも、そんなふうに話をしながらいつもなにかをしている。会話をしながらビールを飲んだり、タバコを呑んだり、ご飯を食べたり、話の内容とは全く関係のない動作をせっせとしている。そんな他愛のない人の動きや、その登場人物の住む部屋に置いてある雑誌や小物が、想像を巧みに働かせて、コマの中にきちんと丁寧に描かれている。
 こういう顔つきの人はきっとこんなふうに笑うんじゃないか。その人の部屋にはこんな物が置いてあるんじゃないか。そんなふうにして、知識や想像にどんどん肉付けをしていく。そのうち紙にインクで描かれた平面の上に、物語の本流とは別なところある、書き割りでない人々の営みが立ち上がる。

 そんな細部の現実感が、作者の漫画の特徴の一つでもある物語の非現実性や跳躍をしっかりと補足する。宮崎駿にも通底するその徹底した細部への拘りは、時に突飛とも思える物語の展開の中にどっしりとした現実感を与え、揺るがない。
 料理中にトラブルに巻き込まれたら、咄嗟にガス台の火を消す。食べたら食器を洗う。歯を磨く。花を贈られたらちゃんと生ける。そういうことが物語と関係なくこれだけきちんと想像され、描かれている漫画ってちょっと他に例を見ない。そういうところに、すごく惹かれる。
 時代が変わっても、文明が変わっても、人がすることなんて昔も今もこれからも、きっと全然変わらないだろう。六百年前の人々も農作業の時は首にタオルの類を巻いていただろうし、六百年後の人々も、喋りながら意味不明な図形をどこかに描きつけているに違いない。良くも悪くも、僕たちはどこまでいっても人なのだ。古今東西を軽やかに跨いで物語を紡ぐ黒田硫黄の漫画を読むたびに、そんな確信を強くする。

(玄光社イラストレーション誌2011年3月号掲載)

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