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この漫画がすごい!

タムくんとイープン(日本)
ウィスット・ポンニミット:著

 「イープン」とは、タイ語で「日本」のことだ。この短編集には、著者のみたこの国のことが、温かく鋭い眼差しを通して、独特の表現で巧みに記されている。特にはじめの二編「川」と「鳥」には、僕たちが当たり前だと思い込んでしまっているこの社会の様態を、外からの新鮮な視線でとても簡潔に、しかし驚くほど鮮やかに照らし出している。中で暮らしている僕たちには、近すぎてよく分からなくなってしまったこの社会の特異性や異常性が、驚くほど数少ない台詞と絵だけで、見事に暴露されている。

 外からふらりとやってきた人の方が、かえってその国やその社会に暮らす人々の抱える問題や傾向を平に見ることができたりする。そんなことは確かにあって、以前触れたように、どんな国のどんな社会も所詮特異で異常なものに過ぎないとしても、その特質を前提としない外からの視線で眺めてみれば、そこには今まで中からは見えなかった様々な事象が、鮮やかに浮かび上がってくるに違いない。
 声高に叫ぶ人たちからそっと距離をとり、傍観者の視線で周囲を眺めること。ドラえもんの道具「石ころ帽子」を被った時のように、存在しないように存在することで、そうした視線を獲得すること。それはいわば絵を描くという、端的に言えば見えないものに形を与えるという行為と、深く通底しているような気がしてならない。
 いい絵には、必ずなにかしらの「驚き」が含まれているものだ。その「驚き」とは、言い換えれば見えない物を見えるようにする「新しい視線」であり、そしてその視線とは、社会の中や自分を取り巻く環境の中で自ら進んで亜流となり、視点をずらすことよって獲得できる力なのではないだろうか。
 タムくんは短編「川」の中で、誰もがどこかへ早足で行き交い、物とお金が飛び交う東京の暮らしを轟々と流れる川に例え、その中でときどき途中に生まれる安心できる流れに向かうのだと描く。そんな自分に合った川の溜まりの様な場所を見つけ、そこに留まって景色を眺める。
そこから見える風景を描きたいと、僕もまた、いつも思っている。

(イラストレーション誌2011年5月号掲載)

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