さよならも云わないで

 お昼にモスバーガーに行ったら、メニューの中で一番好きだったチキンバーガーが販売終了になっていた。マイケル・ジャクソンも死んでしまった。そして僕のアトリエには、新しい椅子が来た。


 新しい椅子はアーロンチェアという、十六万円もする王様みたいな椅子で、腰にとても佳いと云われている。ヤンエグ(死語)みたいで部屋にはそぐわないし、場所も取るしと散々逡巡したものの、最近日増しに酷くなる腰痛には換えられず、制作が一段落した開放感も相まって、先日ふと注文してしまったのだ。注文したときの僕は、たぶん悟りきった高僧のような顔をしていたんじゃないかと思う。

 届いた椅子を宅急便のお兄さんと二人がかりで部屋に運び入れ、梱包を解いてさっそく座ってみると、座り心地は上々で、椅子を前傾で固定もできる。今まで使っていた学校用の椅子と比べれば、軽自動車からロールスロイスに乗り換えたようなものなのかもしれない。机に向かって前のめりの姿勢はどこか攻めの体勢で、なんだかバリバリと素晴らしい絵が描けそうな、そんな気分にもなるようで、さっそくこうして文章を打ち始めてみたのだけれど、やっぱりそれは気のせいだったみたい。

 窓を全開にして、部屋を掃除する。雑誌と段ボールをひもで束ねて、床のぞうきんがけをして、ついでに台所とトイレも掃除する。それから新しいキャンバスを二枚張って、冷蔵庫からアイスを出して、買ったばかりの椅子に腰掛けてぺろぺろと舐める。十一月の個展の会場は京都よりも大きい場所なのに、準備期間はもう三ヶ月ほどしか残っていない。今日は暑いね。立て膝をついてアイスを舐めるには、アーロンチェアーよりも学校の椅子の方がやっぱりしっくりくるようだ。Youtubeでマイケル・ジャクソンの映像を見ながら、もうチキンバーガーを食べることは叶わないのかと思う。

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キャプテン・フューチャー

京都の展示の搬入を終えて、東京に戻ってきた。暫くぶりの事務所の窓をすべて開けて、ぐったりしていたベランダの植物に水をやり、冗談のように溢れていた郵便物を整理して、宅配便の再配達の手配をし、それから椅子に腰掛けて両手両足20本の指の爪を切りそろえた。京都に比べれば、この時期の東京はまだまだ過ごしやすい。

 京都に向けて十六、七点くらいの作品を描いたのだけれど、丸二日悩んだ末に、結局六枚だけを壁に掛けた。それくらいがちょうどいいような気がしたのだ。でももしかしたら、楽しみに来てくれた人にはすこし物足りなかったかもしれない。京都はとても蒸し暑くて、一月後に迫った祇園祭の宵山に向けて早くも浮き足立っているような、そんな気配があった。やれるだけのことはやったと思うけれど、他にもいくつか反省点や気づいたことがあって、それを忘れないように手帳にメモをした。絵を人に見せるのはいつまでたっても恥ずかしくて、そこを思い切るまでにいつもとても苦労する。こんなに苦しんでいったい何で絵なんて描いているのかと偶に思うけれど、今のところ明快な答えは得られていない。

 オープニングを迎えた翌日に、電車に乗って嵐山に出かけた。以前、日記でもすこし触れたことのある親戚の伯母さんが一月ほど前に亡くなって、嵐山のお墓に入っている、そのお墓参りをするためだった。嵐山は雨。目前の山々は深い霧に被われて、白く霞んで見える。駅前の花屋で花を買い、寺の山門をくぐってお墓の前に辿り着いてから、お線香を持ってくるのを忘れたことに気がついて舌打ちをする。いつだってなにかが欠けている。このお墓に来たのはこれが初めてで、これまで何度も嵐山に来たことがあるというのに、親戚のお墓がこんなところにあるなんて全く知らなかった。お墓に水を掛けて花を差し、手を合わせて線香を忘れたことと、それから最後に病院で会った際に苦しむ伯母に対して不覚にも僕が涙を見せてしまったことを詫びた。あの時笑ってあげるべきだったのだ。僕は。あれからずっとそう思っていた。

 京都からの帰り、東京駅から中央線に乗り込むと、サングラスをかけた派手な恰好の女の人が大きく口を上に開けてシートの端で眠りこけていた。どうも乗り過ごして東京駅まで来たようだ。その大きく開かれた口に呑まれて起こすタイミングを逸するうちに発車のベルが鳴り響いてドアが閉まり、電車はまた青梅へと向かって走り出して、そうして僕は結局その子のことを起こさなかった。なぜ起こさなかったのか、理由はよくわからない。僕が電車を降りるときもその子は身動きひとつしないまま、シートの端で深い眠りの中にいた。あのあと、あの子はいったいどこで目を覚ましただろう。そして僕は今、いったいどこに立っているのだろう。

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プレイ・ボール

Edmkusanagi
(^-^)ゝshine

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三つ数えろ

よく行く定食屋の「ありがとうございました」が「毎度ありがとうございました」に変わった今日は定食屋記念日。この胸にこみ上げてくる悦びはなんだ!

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ひまなのか。

いよいよ間近に迫ってきました。出来ることなら土下座をしてどこかへ旅に出たい。

■京都の個展の詳細はこちらをご覧ください。

 それから、東京、大塚にあるMisako&Rosenにて6月22日から7月19日まで開催されるグループ展「ゲバゲバサマーショー」にも参加することになりました。こちらには、小品を二点展示する予定です。お近くにお立ち寄りの際は是非。宜しく御願いいたします。


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 おまけの話。

  先日、打ち合わせに出かけた馬喰町での出来事。駅を降りて、打ち合わせするデザイン事務所へと歩いていると道すがらにでっかいタワー型分譲マンションが建っていて、へー、こんなところに こんなタワーマンションが建ったのかと思っていたら、どうやら本当に出来たばかりのよう。「好評分譲中!」と書かれたたくさんの幟の前でスーツ姿の女の人 が分譲マンションのチラシを配っていて、道行く主婦とかサラリーマンとかに「よろしく御願いしますー」なんて黄色い声を出していて、なんだよマンションな んて買わねえよ、そんなチラシもらっても捨てるだけだよと内心思いながらその脇を通ったのだけれど、前を歩く二人組のサラリーマンにチラシが配られて、い よいよ僕の番だと心づもって横を過ぎると、なんとどういうわけか僕にだけ配られないの…。前の人たちにはみんな配ってるのに、なんで僕だけスルーなの! あまりの衝撃に思わず後ろを振り返ったら、僕の後ろを歩いてたスーパーの袋ぶら下げたおばちゃんもちゃんとチラシもらっていました…。  ギャー僕もチラシ欲しい! おねがい!

 もしかしたらマンションの購買能力がないと思われたのかしら…。そん なに貧相な身なりもしていなかったつもりなのに、いったい何が悪かったのか。わたしは本当にくやしくて、その後ずっと悶々と考えておりました。当然打ち合わせには全く 身が入らずじまい。そしてわたしはどんなにお金持ちになってもマンションだけは買うまいと、打ち合わせの最中に堅く心に誓ったのでありました。
おしまい。

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砂漠

ごぶさた。

僕の名字は漢字で書くと今巷を騒がせているあの人と同じなのだけれど、生まれてからこの方、これほど自分の名字が活字になって世の中に溢れているのを見たことがない。新聞、テレビ、電車の中吊りにインターネット、何を見ても僕の名字が書いてある。それは自分でも意外なほどに新鮮かつ衝撃的な光景で、珍しい名字だから何代か溯ればもしかしたら薄い血の繋がりくらいはあるかもしれない自分も、泥酔したらそれくらいのことはしかねないのだろうかとビール片手に訝りながら、しかしながら、確かに酒に溺れて全裸で叫びたくなるようなこの世の中ではある。

 個展に向けての絵は遅々として進まず、ただだらだらと部屋に籠もって机の前に齧り付くだけの日々。ちょっと上手く事が進みそうになると欲が出て忽ち筆が鈍り、そこを無理にと思い切れば、いとも容易く粗相する。そのただ繰り返し。どこにもいかない。本日も労多くして糧少なし。そうして同じ音楽ばかりを繰り返し聴いている。また一歩も外に出なかった。

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ようこそここへ

毎日欠かさず聴いていたTBSラジオの「ストリーム」が今日で終了。それが本当に本当に本当に残念でならなくて、あまりの残念さにぼーっとしながら洗濯物を取り込んだら、物干し竿の先っぽで襖に大きな穴を空けた。
 最近はずっと籠もって絵を描く日々。気持ち的にはだいぶ追い込まれて、また深い穴の中に戻ってきた。でもまだあまり手が上手く動かない。もっとこまめに取り組んでいれば、というのはいつもの後悔。まだしばらくは睨めっこの日々が続くんだろう。宅急便を出すために数日ぶりに外に出たら、いつのまにか世の中すっかり春なのね。





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個展のお知らせ

みなさんこんにちは。いつもこんなろくに更新できていないサイトをご覧頂き、すみません、そしてありがとうございます。突然ですが、個展のお知らせです。今年は個展を二回予定しています。不精に毛が生えたこの僕が一年に二回も個展をするなんて、大丈夫かしらと我ながら寒心に堪えないのですが、ここ最近は決まったものは仕方がない、やってやろうじゃないかと、発売したばかりのPS3のゲーム「龍が如く3」でNo.1キャバ嬢を育て上げつつ自分に言い聞かせる毎日です。これおもしろいの。絵、描きたくないの…。日程などは変更になる可能性もありますが、とりあえずお知らせでした。また詳細がわかり次第ご報告します。お近くの人は、是非お立ち寄りください。尚、今回の個展はギャラリーの意向により、どちらもDMの発送はありません。ご了承ください。

■ 2009年6月19日(金)〜 7月25日(土)
 タカイシイギャラリー京都
 http://www.takaishiigallery.com/

■ 2009年11月5日(木)〜約一月間 
 Altman Siegal gallery SF(サンフランシスコ)
 http://altmansiegel.com

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しるし

 この間、母親と一緒に叔母のお見舞いに出かけた。九十を過ぎた叔母はもう歩くことすらできなくなっていて、何ヶ月かに一度の割合で転院を繰り返しながら、今はある街の病院にいる。訪れてみると、看板が出ていなければ普通の貸しビルなんじゃないかとも思えるような、こぢんまりとした病院だった。
 面会時間に合わせて病院の階段を上がると、女の人の痛い痛いと泣き叫ぶ声が廊下に響き渡っていた。誰もいない廊下に場違いなほど大きく響くその声は呪詛のようで、しかしどこか、駄々を捏ねる子供の泣き声のようでもある。その声の渦を、頭を低く、肩をすぼめて掻き分けるように部屋番号を辿ってゆくと、果たしてその声は、叔母の声であった。

 それ以来、例えば絵を描きながら、酩酊しながら、就寝前の寝床の中で微睡みながら、あの叔母の泣き声がふと耳元に蘇る。暗いところから突然ぼこりと沸き上がってきて、耳を撫ぜ、中空へと消えてゆく。そんな時は、ただじっとその声に身を竦ませて、歯を食いしばってやり過ごす。それは恐怖であり、畏怖であり、それから祈りでもある。あの病院の、あの病室で、今頃叔母はどうしているだろうか。お見舞いに行ったとき、あの後、泣き止んだ頃合いを見計らって入った病室で、叔母はずっと昔のことばかりを話していた。銀座で祖父にアイスキャンデーを買って貰ったこと。それがとてもうれしかったこと。小学校の時、クラス全員で叔母の家に遊びに来たときのこと。結局のところ、深く記憶に残るのはいつだってほんの些末な出来事なのだろう。ほんとうに僕はこの人について何も知らないんだと思って、泣いたって仕方がないとわかっていても構わず熱くなる目頭を必死に堪えていたら、それを見た叔母が、「あんたはやさしすぎるね」といって、ふふふと力なく笑った。その笑い方は、快活だったときと同じ、独特なあの笑い方だった。

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謹賀新年

新年の手紙(その一) 

きみに
悪が想像できるなら善なる心の持主だ
悪には悪を想像する力がない
悪は巨大な「数」にすぎない
材木座光明寺の除夜の鐘をきいてから
海岸に出てみたまえ すばらしい干潮!
沖にむかってどこまでも歩いて行くのだ そして
ひたすら少数の者たちのために手紙を書くがいい


詩のことは(も)よく知らないけれど、この田村隆一の詩を、新年になると思い出したように毎年読み返す。材木座というのは鎌倉に実在する地名で、偶然にも僕の祖母のお墓もその町にある。だから尚更この人の詩に親近感のようなものを抱くのかもしれない。どこまでもまぶしい光。その力と高揚と。気がつけば今年は年男なのだった。あけましておめでとう。今年も宜しくお願いします。

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鰻丼エレジー

歯医者に行って取れた銀歯を治療してもらった帰り道、いつも立ち寄る鰻屋でランチを食べる。綺麗なビルと洒落た店の建ち並ぶ軽薄な街の中に毅然と構えるこの店だけはいつ来ても驚くほど完璧に昭和のままで、がらりと引き戸を開けると奥に長細い長方形の店内にはコの字型のカウンター席だけがある。カウンターの中ではおかみさんが、店先では店主が通りに向かって黙々と鰻を炭で焼き続けている。ランチの鰻丼は九百円。少し迷ってから、ビールの小瓶も注文する。三百五十円。お茶の濃さも、店主の顔も、客層も、ビールの小瓶や丼の値段も、何もかもが好ましい。店主があいよと合図を送ると、女将さんがさっと駆け寄ってご飯を丼に盛り、タレを回しかけてすっと差し出す。店主は焼きたての鰻から櫛をぬいて、その上にそっと載せる。その一連の所作には、同じことを何十年もただひたすら繰り返すことによってのみ得られるある種の美しさと鋭さがあって、お新香を摘んでビールをちびちび飲みながら、手にした文庫本を読むのも忘れて暫し見入ってしまう。

  戸が開いて、入ってきたお客が千六百円の「上丼」を頼むと、鰻丼を食べていた数人の客が一斉にそちらをちらりと一瞥する。頭上に置かれたテレビは、「今日はクリスマスイブですね」と云っている。僕はおまちどうと出された鰻丼を頬張って、ビールできゅっと流しこむ。ねえ、大人になるのって存外悪くないもんだよ。十年前の自分にそう話したら、いったい二十五歳の僕はどんな顔をするのだろう。鰻丼を噛み下しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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各地より

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(^-^)ゝ

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サーフズ・アップ

朝目が覚めると外は曇天で、ちょっと肌寒いけれど気持ちのいい冬の寒さだった。空気はからりと張りつめて、いつのまにかすっかり冬の陽気になっている。事務所の辺りは、いつも週末はそうであるようにしんと静まりかえっていて、物音一つ聞こえない。時計に目をやると十時を回ったところで、大きく伸びをしてからベッドを抜け出してユニクロのフリースを羽織る。それから机に向かって、ぼんやりと絵を描きはじめる。とは云っても、これはそんなに急ぎの絵ってわけじゃない。先週まで根を詰めていた大きな絵は、数日前に全部ギャラリーに引き渡した。どうだろう。たぶん、わりとよく描けたんじゃないかと思う。結局のところ、選んだことが正解なのだ。しかしそれを飲み下すまでに、いつもとても苦労する。
 先週は消え去った十月を取り戻すかのように、連日お酒を飲んでいた。何曜日のことだったか、集合場所に向かう電車の中で女子高生を見た。時間は夕暮れで、学校帰りだろうか、その女の子はドア横にもたれかかってぼんやりと外を眺めながら、右手を肩から提げた学校カバンの中に入れると、徐にすうと一本、ポッキーを取り出して、そのまま小さく口に入れた。その光景を見て、なんだかやっと地上に帰ってきたと思ったんだった。今日は一日特に予定もない。誰に会うこともない。たぶん部屋から一歩も出ることなく過ごすだろう。少し肌寒く感じて、ストーブを付ける。昨日買ってきたCDを掛けながら、台所でうどんを作る。具は葱と油揚げと豚バラと溶き卵。食べ終わって、また絵に戻る。適当に切り上げたら、読みかけの本を読もう。眠くなったら、さっさと寐てしまおう。こんなふうになんの後ろめたさもなく怠惰に過ごせるのは、きっとちょっとの間だけのことだろうから。

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五月の箸

ここ最近はずっと部屋に籠もって絵を描く生活で、毎日ほとんど外に出ることがない。なんだか煮詰まってしまっているような気がして、以前買ったまま一度も袖を通していない、家賃と同じくらい値段の張る服を着て、徒歩三分の郵便局まで振り込みに出かけてみる。受け付けてくれた郵便局員の女の人は僕の方なんかちらりとも見なかったけれど、そんなことはべつにいいんだ。

 商店街途中の交差点の角にある、昔ながらの陶器店の窓ガラスにはワープロで打ったA4の紙が貼ってあって、そこには「マイ箸で地球にやさしく!」と書かれているのだけれど、その下には英語で「MAY HASHI」と書かれていて、これはもちろん「MY HASHI」の打ち間違えなのだろう。でも五月の箸はどこか花咲く草原のように暖かで、そよそよと風が吹いて、干した布団のような匂いがしそうなかんじがして、それはそれでとても魅力的に思える。買えるなら欲しいくらいだ。でももしかしたら、ご飯を食べるときはその匂いが邪魔になるかもしれない。それに納豆を食べた後に洗ったら、またちゃんと干した布団の匂いに戻るだろうか。納豆臭い布団の匂いは、ちょっと具合が悪そうだ。そんなことを考えるうちに、歩行者用の信号は青に変わる。頭の中は、再び絵のことでいっぱいになる。

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熱海の夜

十一月末にマイアミで開かれるアート・フェアに向けて急遽大きな作品を数点描かなければならなくなって、慌てて世界堂で木枠と画布を買ってくる。木枠を組み立てる作業は、嫌いじゃない。普段から終わりの不明瞭な仕事をしているからか、進み具合が明快に解る作業は単純に解りやすくて、絵を描くのとは少し違った無心の心地よさがある。微かな期待と、大きな不安を込めて木槌を叩き、木枠の直角を出してから、ガンタッカーで画布を張る。ぴんと張れるまで、何度もやり直す。画布の張り方は独学で憶えたから、もしかしたらもっとうまく張れる方法があるのかもしれない。いつもそんな想いが過ぎったりするのだけれど、終わればすぐに忘れてしまう。新しい事務所になってから大きな絵を描くのは初めてで、そのせいか出来上がったカンバスを壁に立てかけてみても、なんだかうまく視界と馴染まない。無言の存在感が、じっとこちらを威圧する。うまく描けないかもしれない。でも、もしかしたら上手く描けるかもしれない。そんな気持ちの起伏に呼応するように、カンバスはとても大きく見えたり、とても小さく見えたりして、これで絵を描く準備は調ったものの、またこれから暫くは暗く長いトンネルの中に潜らなくてはならない、その覚悟がまだ出来ないままに、ずるずると夜だけが更けてゆく。畜生、負けたくないな。気分転換に熱い風呂でも浴びようかと近所の銭湯に出かけると、今日は定休日だった。仕方なく事務所に戻って読みかけの本を開く。その脇ではカンバスが、じっとこちらの様子を伺っている。

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ゲーム・セット

 必要なものはあらかた買い揃えたし、部屋の段ボールも姿を消して、新しい事務所に移って三ヶ月。だいぶん落ち着いたと思う。更新をサボっていた間にも、腰痛で立てなくなったり、原因不明の下痢に見舞われたり、絵を描く以外はかなりハードとも云える毎日を送っていたけれど、それを除けば、おいしいお店を探し回ったり、友達と連日飲み歩いたり、いくつかある近所のスーパーに足繁く通ってそれぞれの特性を比較検証したりして、要するに絵には全然身が入ってないと云うことなんだけど、それなりにリズムのようなものも生まれかけて、生活のペースが出来上がりつつある。
 風通しがよいことと家賃の割には広いことだけが取り柄のこの事務所は賃貸期間五年限定の物件で、その後は取り壊されて新築のマンションになることが決まっている。少し手を加えてやれば全く立て替える必要などなさそうなのに、という意見はやはり、立地と広さにしては格安の賃料で借りている賃借人の勝手な言い分なのだろうか。そんな場所に腰掛けて、相変わらず仕事もせずに頬杖をついてぼんやりと外を眺めていると、なんだか自分も部屋と同化して、存在するけど存在しない、そんな中空に吊された空白のなかに待機しているような錯覚を憶えて、しかしそれと同時に、お前はあと五年の内に何が出来るのかと目の前で指折り数えられているような、居住まいを質される気分にもなる。なんでもできると云うことは、なんにもできないと云うことだ。でもさ、なにもできないのは、そもそもそんなに悪いことなのだろうか。

 開け放した窓から、どこかの家のお香の匂いが漂ってくる。心地の良い風が、汗ばんだ肌に触れる。九回裏最後のバッター、カウントツー・スリー。そんな土壇場からの最後のフル・スイングは球を真芯で捉えて打球は大きく高く伸びて伸びて外野席上段に飛び込む一発逆転ホームラン! そんな奇跡のような有り得ない大どんでん返しを、決して起こらないと知りながら、それでもまだ僕が夢見ているのだとしたら。

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ソング・ブック

これから駅前で絵の受け渡しだいうのに、突然の雨。窓から外を眺めると、昼間晴れていたのが嘘のように、太い雨が叩きつけている。ついてないなー。濡れないように絵をもう一度梱包し直して、心を決めて家を出る。傘を差しても、すぐに足下はずぶ濡れてしまう。
 やっとのことで辿り着いた駅改札の軒下で、一息を着いて通りを眺めると、急な夕立に街はざわめいていて、軒先で雨宿りをする人、濡れるのを厭わず道を急ぐ人、タオルのような布を頭に翳しながらタクシーから駅へと駆け込む人、それぞれが思い思いに突然の受難をやり過ごす姿に、まるで秩序の綻びが見えるよう。ちょっと人が悪いような気もするけれど、そういうのを眺めるのは嫌いじゃない。それにしても、夕立とはよく言ったものだ。夕に立つのは雨なのか、それとも人なのか。

 空が稲光って、雨脚はますます速くなる。濡れた裾が、じっとりと足に纏わる。どうせなら、いっそなにもかも滅茶苦茶にしてくれないか。電車が着いて、大勢の人がどっと改札から溢れ出る。編集者は、まだ来ない。

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ブラジルの雷雨

すぐにも雨が降り出しそうなのに、なかなか降り出さない。クーラーを切って、窓という窓を全部開ける。湿気を含んだ、しかし気持ちの良い風が、窓から吹き込んでくる。冷蔵庫から箱買いしたアイスクリームを取り出して、ぺろぺろと嘗めながらテレビでオリンピックを眺める。画面に映るのは日本人選手ばかり。日本人選手の試合が終わると、まるで後の試合にはなんの価値もないといったように、画面がスタジオに切り替わってしまう。いつからこんなに偉そうになったんだろう。昔はもっと全然知らない国の選手同士の対戦をだらだらと流していたような印象があるのだけれど、それともそれは単に僕の記憶違いなのだろうか。いろんな国からやってきた、いろんな人たち。その、それぞれの胸に秘めた想いや気持ちを賭けた戦いを、遠くからただじっと眺めていたいと思うのだけれど。金とか銀ではなく。

 テレビを見ていたら、ふと、なんだか無性にどこかへ旅行に行きたくなって、行くならどこかな、やっぱブラジルかな、そんな思いつきだけで、旅行代理店に電話を掛けてみる。電話口に出たのは無愛想で気だるそうなお姉さん。こっちの電話口には、ほぼ冷やかしの僕。なんだか申し訳ないような気分になりながら尋ねると、ブラジルまで十月出発往復燃料代込みで約二十万円だそうだ。思いつきで行くには、ずいぶんと高い。お礼を言って電話を切る。電話が終わりそうになると、お姉さんの声色が一つ高くなって、少しだけ愛想が良くなった。たぶん電話を切れるのが嬉しかったんだろう。しかし、残念ながら彼女はそれでも電話に出ないわけにはいかないのだ。
 電話を切るのとほとんど同時に雷が轟いて、大粒の雨が降り始める。慌てて窓を閉めて、クーラーのスイッチを入れる。それから雨は夜半まで降ったりやんだりを繰り返したのち、やがてバケツをひっくり返したようなスコールになる。夜になっても、テレビは相変わらず勝者ばかりを映している。あの電話口の女の子は、まだ出たくない電話に出続けているのだろうか。それとももう解放されただろうか。何度も繰り返し飽くほど流される日本人選手の試合VTRを眺め続けながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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崖の上のポニョ

これ、いろんな意味ですごい映画でした。宮崎駿恐ろしいよ。ちょー狂ってました。こんな映画、あの人でなきゃ作れないよ。巷では賛否両 論激しいようですが、僕はとても楽しくみれました。映画はどのシーンを見ても、単純に絵が動くと云うこと自体の楽しさに満ちあふれていて、画面の隅々で動 き回るそれぞれの生き物が、絵の中できちんと生を受けている感じがとてもよかった。画面の隅にワンカットだけ映し出されたタコだって、その前も後も、画面 に映っていなくたってあの世界の中でちゃんと生きているって思える。それって単純にすごいよ。ポニョが海の上を駆けるシークエンスなんて特に、本当に圧巻で、なんだあれ。すごすぎるよ。宮崎駿は本当にアニメでなくちゃ出来ないことをやって ると思う。

 前述したこの映画の賛否を分かつのは、そのストーリーの支離滅裂さを受け入れられるかどうかにかかっているように思う。A+B=Cのように物語 は進まずに、ただ暴力的なまでの疾走感とグルーブ感だけで物事は展開して、気がついたらなんの種明かしもないままに物語は終わってしまう。例えば「月がこ れ以上近づくと地球が滅びちゃう!」と男が嘆くのだけれど、なんで月が近づいているのか、どうして月が近づくと地球が滅びるのか、どんなふうに滅びちゃう のか、なにが原因なのか、そんな説明は何一つなされないまま物語は終わってしまう。そして物語が終わっても、その危機はその後回避されたのか、あれはな んだったのか、そんなことも一切明示されない。そういうところを受け入れられない人、A+B=Cという明快なルールを映画に求める人は、きっとこの映画 を駄作だというのではないかと思う。

 でも、考えてみれば実際に僕たちの生きる現実社会にしたって、現在何が起きているのかを的確に把握し、俯瞰的な視点から状況を把握するというこ とは、およそ不可能なのではないだろうか。誰かが地球温暖化だという。二酸化炭素の排出量のせいだという。でもそれが本当なのかは、誰にも解らない。本当 に二酸化炭素だけのせいなの? そんなに解りやすいわけないんじゃないの? 危機感だって、危機感のない人から見れば、ただの気狂いにしか映らない。いろ いろな価値観が混在し、いろいろな説があり、なにが正しくて、なにが悪いかなんて誰にもわからない。僕たちの生きているこの世界はそんな混沌とした関係性の世界 であり、しかし僕たちは、そんな不透明で限定的な視座と能力の中で、ポニョが海の上を迫り来る予測不可能な波や障害物を越えて力一杯走り抜けるように、この現 状から駆け抜けなければならない。なにもかもが未確定で、虚ろで、見通しの立たない状況の中でただ一つ出来ることは、力一杯に走ることだけなんじゃないだ ろうか。そしてその原動力となるのは、畢竟個々人の心の持ちようだけなんじゃないだろうか。

 そういう暴力的な展開や訳のわからなさって、すごく子供の頃にも通じている気がしました。子供の頃って、なんで怒られたのか解らなかったり、なんか気がついたらどんどん状況が悪化してわけわからなくなって泣いちゃったりした事があったじゃない。大人には大人の世界があって、事情や経過があ ることはなんとなくはわかる。でもそれがどんなもので、何なのかは子供には全く理解が出来ないし、どうすることも出来ない。その理不尽さ。意味不明さ。宮 崎駿はどこかのインタビューで、この映画は子供のために作ったと話していたけれど、この映画は大人をも子供化させて映画の中に引きずり込んじゃおう、とし ているような印象すら受けました。大人にとっては久しぶりに体感する、子供の目線。だからやっぱり、そういうふうに翻弄されるのが嫌いな人がいるというのも、すごくよく理解できるんだけど。

 映画は新宿のレイトショーで見て、見終わったのは午前二時とかだったけど、一緒に見た友達三人でそれから一時間くらいずっと映画の話をしていた。主題歌口ずさんだり、ツッコミ入れたり、ただ酔っぱらってただけって話もあるけれど、でもやっぱりあれは映画の力なんだと思う。とにかくね、魚 が人間になったり海が丘になったり水の中で息が出来たりと有り得ないことだらけのお伽話なのに、発電機のエンジンをかけるときはちゃんとチョークを引いて からエンジンをかける、わたし宮崎駿のそういうところが本当に大好きです。愛してる。

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むかしのこと

何日か前に、居酒屋の女将から「これ、おみやげね」と渡されたオレンジを食べた。汁が零れても良いように台所のシンクに立って皮をむいて、これ、甘皮のままでも食べられるかしらと訝りながら口に含んでみたらやっぱり堅くて苦くって、指でつまんでシンクに捨てたその瞬間に、そういえば子供の頃、みかんを祖母が同じように食べていた姿が蘇ってきて、そんなのすっかり忘れていたのだけれど、それから祖母がそうして一度口に含んだ甘皮を取り出して、剥いた皮の上に乗せる様が子供ながらにとても怖く映っていたことも、一緒に思い出した。

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