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ゲーム・セット

 必要なものはあらかた買い揃えたし、部屋の段ボールも姿を消して、新しい事務所に移って三ヶ月。だいぶん落ち着いたと思う。更新をサボっていた間にも、腰痛で立てなくなったり、原因不明の下痢に見舞われたり、絵を描く以外はかなりハードとも云える毎日を送っていたけれど、それを除けば、おいしいお店を探し回ったり、友達と連日飲み歩いたり、いくつかある近所のスーパーに足繁く通ってそれぞれの特性を比較検証したりして、要するに絵には全然身が入ってないと云うことなんだけど、それなりにリズムのようなものも生まれかけて、生活のペースが出来上がりつつある。
 風通しがよいことと家賃の割には広いことだけが取り柄のこの事務所は賃貸期間五年限定の物件で、その後は取り壊されて新築のマンションになることが決まっている。少し手を加えてやれば全く立て替える必要などなさそうなのに、という意見はやはり、立地と広さにしては格安の賃料で借りている賃借人の勝手な言い分なのだろうか。そんな場所に腰掛けて、相変わらず仕事もせずに頬杖をついてぼんやりと外を眺めていると、なんだか自分も部屋と同化して、存在するけど存在しない、そんな中空に吊された空白のなかに待機しているような錯覚を憶えて、しかしそれと同時に、お前はあと五年の内に何が出来るのかと目の前で指折り数えられているような、居住まいを質される気分にもなる。なんでもできると云うことは、なんにもできないと云うことだ。でもさ、なにもできないのは、そもそもそんなに悪いことなのだろうか。

 開け放した窓から、どこかの家のお香の匂いが漂ってくる。心地の良い風が、汗ばんだ肌に触れる。九回裏最後のバッター、カウントツー・スリー。そんな土壇場からの最後のフル・スイングは球を真芯で捉えて打球は大きく高く伸びて伸びて外野席上段に飛び込む一発逆転ホームラン! そんな奇跡のような有り得ない大どんでん返しを、決して起こらないと知りながら、それでもまだ僕が夢見ているのだとしたら。

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