鰻丼エレジー
歯医者に行って取れた銀歯を治療してもらった帰り道、いつも立ち寄る鰻屋でランチを食べる。綺麗なビルと洒落た店の建ち並ぶ軽薄な街の中に毅然と構えるこの店だけはいつ来ても驚くほど完璧に昭和のままで、がらりと引き戸を開けると奥に長細い長方形の店内にはコの字型のカウンター席だけがある。カウンターの中ではおかみさんが、店先では店主が通りに向かって黙々と鰻を炭で焼き続けている。ランチの鰻丼は九百円。少し迷ってから、ビールの小瓶も注文する。三百五十円。お茶の濃さも、店主の顔も、客層も、ビールの小瓶や丼の値段も、何もかもが好ましい。店主があいよと合図を送ると、女将さんがさっと駆け寄ってご飯を丼に盛り、タレを回しかけてすっと差し出す。店主は焼きたての鰻から櫛をぬいて、その上にそっと載せる。その一連の所作には、同じことを何十年もただひたすら繰り返すことによってのみ得られるある種の美しさと鋭さがあって、お新香を摘んでビールをちびちび飲みながら、手にした文庫本を読むのも忘れて暫し見入ってしまう。
戸が開いて、入ってきたお客が千六百円の「上丼」を頼むと、鰻丼を食べていた数人の客が一斉にそちらをちらりと一瞥する。頭上に置かれたテレビは、「今日はクリスマスイブですね」と云っている。僕はおまちどうと出された鰻丼を頬張って、ビールできゅっと流しこむ。ねえ、大人になるのって存外悪くないもんだよ。十年前の自分にそう話したら、いったい二十五歳の僕はどんな顔をするのだろう。鰻丼を噛み下しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

