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レッカー

突然エンジンが掛からなくなってしまった車を、JAFで修理工場まで運んだ。ここのところ余り調子が良くないと思っていたから、やっぱり、という気持ちしかなかった。工場が休みの日にはいつもそうするように、工場の脇の駐車場に置いて鍵をポストに入れてゆくつもりだった。もう何度も道端で立ち往生しているから、勝手はわかっている。レッカー車を道路沿いに寄せてもらって、どこで車を降ろすか確認しようと駐車場に一人で入っていくと、どうしたの、とたまたま居合わせた、おそらく修理工場の関係者の人だろう、しかし初めて見る人に声を掛けられた。60歳くらいだろうか。白髪交じりで、どうやら脇に停まっている趣味の良い古いベンツ230Eのオーナーのようだった。今日お休みだよ? と教えてくれるいかにも趣味人といった風情のおじさんに簡単に事情を説明すると、その人はああ、それならいまからこのベンツを動かすからここに駐めるといい、と教えてくれた。ところで車種はなんだい、と聞かれたので答えると、ああ、あの車か、知ってるよ、とおじさんの顔がぱっと明るくなって、あの車、綺麗になったねえ、ずいぶん昔からよくここで見かけてたからさ、あれ、お金か掛かってるだろ。最近オールペンしたろ? 嬉しく思ってたんだ。そうか、君があの車の持ち主か、とまるで親族の結婚相手に初めて会う親戚のおじさんのようなことを言い出すのだった。いやいや、でももう今年に入って道端で立ち往生したのこれで4度目だし、車齢30年を過ぎて部品も本格的に手に入らないし、もうそろそろ本当に考えなくちゃいけない時期に来たのかと思っているところです、と正直に打ち明けると、おじさんはなにをいっているんだと首を横に振って、俺はほら、仕事柄アルファとかポルシェとかベンツとか、古くてもわかりやすい車によく乗るばかりだけれど、君の車は間違いなく良い車だよ。いまやとても貴重な車じゃないか。故障の原因はなんだい? 燃料ポンプ? なら大したことないよ。大丈夫、まだまだ乗れるよ、と笑って、それじゃと車に乗って走り去っていった。僕はレッカー車を誘導してベンツの駐まっていた場所に車を降ろし鍵をポストに入れると、JAFの人にお礼を言って家に戻った。ここ最近余り調子よく走ってくれない車に、そろそろ本当に手放す時期が来たのではないかと真剣に悩んでいた。工場に向かう間も、ずっとそんなことを悶々と考えていた。はずなのに、しかし不思議なもので、そんな偶々居合わせた見知らぬおじさんの無責任で根拠すらない一言で、自分でも拍子抜けするほどあっさりと霧が晴れて、救われてしまったのだった。

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